あ
うんち出た。
見た目、出血もない。
お水飲んで、ご飯食べて、うんちして、寝る、が、全部出来るようになって一安心。
こんなことに一喜一憂して、
心配も期待もキリがない。
でも、心配するなといって、心配がなくなるわけでもないし、
気の持ちようといっても、そんなに都合の良い『気』などもってない。
へこんだ時は、一切本を読めなくなった。
本なんて慰めにもならん。
神も信じてないから、
祈ってどうなることでもないと思ってるけど、
仏壇の前では毎日真摯に手を合わせた。
でも・・・
『生』あるものいつかは死ぬ。
死ぬな・・・と祈ったところで、
『無理』と言われそうだから、
『今この時間の苦しみが少ないこと』をずっとお願いしてた。
今日は、犬が吼えた。
「ワン」だって。
犬がワンと言うことに感動。もう大丈夫な気がした。
私の救いになったのは、
睡眠薬。
夜眠れないのは辛いから、薬のお世話になった。
薬が効くというのは、ありがたい。
母に殺される夢とかみてたから、神経は昂ぶっていたんだろうけど、
どんな夢をみようと、現実を正視するよりは、ずっといい。
でも、やはり一番は、生きてる人間がそばにいること。
犬が入院した日は、
「今、何してるかな」と主人に何度も尋ねた。
「点滴してもらって、寝てると思うよ。」
「そうだよね。薬が効けばラクになって眠れるからいいね・・・」
そしてまた数分後には
「今、何をしてるかな」と、
「点滴してもらって、寝てると思うよ。」
「うんうん、そうだよね。」
1日中、この問答が繰り返された。
黙っていると、不安に押しつぶされそうで、まったく意味のない会話を私は永遠と続けていた。
主人に
大丈夫か尋ねたところで、なんの解決も導き出せないことは知っている。
それでもいい。不安を口に出せるだけいい。
犬の面倒なら私ひとりでも充分みれるけど、
不安はひとりでは背負いきれない。
メールでもダメ。電話でもダメ。
そばにいる人でなきゃ心細さは拭えない。
役に立つとか、立たないで無く、
「どうしよう・・・」と、
のべつまくなしで、その一言を洩らせたら、そのことがずいぶんと救いになる。
回答に期待してるわけじゃない。
最低限の救いではあるけど、その最低限の救いが何よりも必要だった。
世の中には、シングルマザーもファーザーもいっぱいいる。
全然珍しいことではないけど、
子供の病気、子供の受験、
それらの尽きない心配事をひとりで抱えることが、精神的にどれだけきついことか、
その耐え難さは、きっと本人にしかわからない・・・・・
主人のこと好きではないけど、
それでも、いてくれることに感謝している。
頼りになるとか、ならないとか、そんなことは求めてない。
お互いがアテにならないことなんて、とっくの昔に知っている。
ただ、その存在に感謝。
結婚も長くなると、そんな感じに思う