三本の太い柱
- もういちど読む山川倫理/著者不明
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高校生レベルの倫理の教科書を大人向けに書いたものです。
教科書ってすごい〜〜〜〜〜〜。すごい!すごい!すごい!
ポイントだけを簡潔にまとめてある。
なので、底は深くはないのだけど、それでも読ませる力をもってる。
その力に恐れ入る。
勿論、哲学的追求には至っていないので、あとは気に入ったものを読んでいけばいい。
古代ギリシャ思想、古代中国思想、
近代科学、近代思想の途中まで読んだ。
この本に必要でない箇所は、一つもない。全部がアンダーライン。
教科書は全てが要点です。
それは
大人になって、他のものを読むからそう思えるようになったのだと思う。
この本に、ギリシャ神話のプロメテウスが人間に火を与えたとある。
プロメテウスは昨日読んだばかりで、プロメテウスが人間に火を与えたことで負った責め苦を
知っているので、私にとってはこの一行でも何ページ分もの重さがある。
教科書は『AがBをした』のみの話だから、凄いなとは思っても深い感慨はない。
でも、プロメテウスを知っていれば、そこに重みが増す。受け取り方が変わってくる。
徳川慶喜公が言ったことと同じセリフをソクラテスが言っていることに気付いた。
そのことにも感動。
ギリシャ神話もこの倫理の教科書も年内繰り返し読んでいこうと思う。
反芻と咀嚼。それが私の肥やしになる。
本は決して癒しじゃない。
癒しを必要としない自分になれるのが本なのだと、思えてきた。
年内は、ギリシャ神話と倫理と聖書入門。
この3本の柱を太くしていきたい。
聖書入門は、三浦綾子(プロテスタント)の本を読み直すのと、遠藤周作(カトリック)を
読んでいこうかと思ってる。
私のイエス―日本人のための聖書入門 (ノン・ポシェット)/遠藤 周作
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私は、どうしても神の存在が信じられない。
でもそのお陰で縛られずにも済んでいる。
宗教は神への愛だ。
恋人に対する愛を思えば、
愛とは、素晴らしいものでもあるけど、そのものを欲するあまりに縛られる苦しさも併せもっている。
神を愛するあまり、心の幸福は得るが、牛や豚が食べられないのは不自由だ。
自分の身体を愛するあまり、摂食障害で食べられなくなるのは、美と同時に食べる自由を失っている。
愛すれば、幸せと同時に苦も引き受けなければならない。
神様の話は大好き。
純粋に好きなだけであって、神からの祝福に頼る気持ちも無い。
自分の身体も元気ではいたいけど、健康が主体ではない。
健康のために生きているのではない。
健康になることに縛られていたら、つまらない人生になる。
純粋に好きなモノを心に抱いているだけ。
『思想は思想であることが尊い』
その言葉こそ尊いものと感じる。
知的世界で遊ぶ。
その意味がようやくわかってきた。
私は自由の世界で遊んでる・・・