- 司馬遼太郎全講演 (1) (朝日文庫)/司馬 遼太郎
- ¥713
- Amazon.co.jp
この本でも日露戦争の頃の日本に触れている。
いや、もういいんですけどね(笑)
そんなに戦争にこだわっているわけでもないのですけど、司馬遼太郎が書くから、
ついつい江戸、明治に引き戻される。
『平和な時代の侍は、読書をする知的階級と考えたほうがいい。』
時代劇の刀振り回してるお侍さんしか見たことないから、間違える。
江戸でなく、長岡、津和野、岡山、広島、鹿児島、山口、萩、仙台、盛岡、
そういった地方でしっかりした学問教育が盛んであった。
『江戸時代は文明です。江戸時代には秩序がありました。
人間はどういうように行動すれば美しいかということばかり、家庭教育において教えたのが江戸です。
お侍さんとは、まっすぐ歩き、直角に曲がる。そして雨が降っても走らない。
簡単な日常のしつけにはじまり、人生の非常に重大な問題に至るまで、
すべて人間はどう行動すれば美しいかということでできあがっていた。
そういう意味で、江戸時代というのは文明時代だったのかもしれません。』
きっと子どもたちはそんなお侍さんの姿を見てカッコイイと思ったでしょうね。
「大きくなったらお侍さんになる!」って。
親は「その為には、一生懸命勉強しなさい。」と言ったでしょう。
この時代封建制度といっても、実力次第でいくらでも登用されるわけで、
よい先生についてよい学問を教わる。それが重要だったわけですね。
でも長州藩のように身近に憧れのお侍さんがいっぱいいる藩はいいですよね。
不幸にも学問が盛んでない藩だと、他が見えないだけに気の毒です。
お侍気分で呑気にしていたら、明治維新に出遅れてしまった・・・
そんな感じでしょうか。
『新訳南洲翁遺訓』
江戸末期、薩摩藩を中心とした浪人たちが江戸の治安を乱していた。
江戸の治安維持を任されていた荘内藩は、あまりのことに切れて、
薩摩藩邸を包囲砲撃、焼き払い、薩摩藩帝では数十人が命を落とした。
それから1年もせず、新政府軍が勝利し、荘内藩は降伏します。
藩邸焼き討ちの件もあって、荘内藩では厳しい沙汰を覚悟していましたが、
薩摩藩黒田清隆は、藩主の上座に座って、いちおうの言い渡しを終えると、
ただちに藩主の下座にまわり
「役目のために、ご無礼をいたしましたが、お許しください」と、礼儀態度言葉、
奢ったところなく、寛大な処置をした。
これはすべて、西郷隆盛の指示だそうで、
「戦いは・・・勝てば、もうそれでいいよ。あとは同じ日本人・・・。
新しい日本をつくる同志じゃないか。もう敵でも味方でもない。」と、西郷隆盛は言ったそうで。
それから荘内藩から76名の留学生が薩摩に赴き、とうとう西南の役に参加し命を落とした者までいた。
のちに荘内藩の人たちの手によって編纂されたのが『南洲翁遺訓』
庄内藩の人たちは本を風呂敷に背負い全国に配布して回り、現代に至ってもなお西郷隆盛を敬慕しているとのこと。
日露戦争で、日本は勝利した。
東郷平八郎、乃木希典、敗戦国の将への礼節が世界で絶賛された。
欧州の騎士道と照らし合わせてなお余りある美しいものであった。
東郷でなくても、乃木でなくても、この時代の人たちは、
このような行動が出来たのでしょう。これが江戸の結晶。武士の姿。
日本は世界中から文句無しで礼賛された。
日本人の美学の裏に戦術の不味さが隠されてしまったのかも。
世界中の絶賛に対しある米海軍大佐はこんな風に述べた。
『日本軍は異例の才能と美質を持っている。
しかしながら日露戦争の勝利によって、世界中の観察者たちは、日本軍に対して
超人的という非常な感嘆詞をもって覆うのみである。
日本の軍人は他国の軍人のおよぶべからざる多くの長所を持っているという具合に、
漠然とした褒め方を続けている。
そのために、日露戦争から普遍的な教訓を引き出すことを怠っている。世界中が怠っている。』
欧州は、長きにわたり国同士で戦争を繰り広げた。
ある時は勝ち。またある時は負け。勝ったり負けたりを繰り返す。
互いの痛みも感じ、相対的に考え、反省をふまえて、今EUというものがあるのでしょう。
戦争に勝ったほうが偉いというのもフィクションに思います。
人間は成功も失敗も糧に成長していくものです。
国も成功する時も失敗する時もあって、それが国の厚みとなってゆく。
負けたことがない国が狂っていくのは自然な成り行きといえるのかも。
これは昭和初期の英国外交評論家の話。
『軍人の多くは、地方の田舎から出てくる。
小学校教育を自分はいろいろ参観したけれども、日本は世界一だという教育ばかりしている。
軍人はその小学校を出て、幼年学校に行って士官学校に行き、考えてみれば、
世界一ということを小学校で教えられたきり、比較することなく、大人になってしまう。
そして彼らは、軍隊という国家の機能の非常に重大な部分を握る。
彼らがもし政治に参加すれば、世界で自分たちに及ぶものはないという意識のもとに
外交をするだろう。そして戦争を選択し、滅びるだろう』