ボヴァリー夫人



ボヴァリー夫人 (新潮文庫)

ボヴァリー夫人 (新潮文庫)

2部、3部と、圧倒的な迫力に押されるように、一気に読んでしまった。


エマはレオンと別れたあと、今度はロドルフという男と恋に落ちる。

いかにも女に手馴れた口だけ男。

とはいえ、それは私が今天から見てるから言えるだけで、

実際、いい男に甘い言葉をささやき続けられたらエマでなくても落ちる。

ロドルフだって最初は遊びというより本気でエマを好きになったのだとは思う。

だけど、エマの方が恋に熱くなり周囲がみえなくなってくると男は女がうっとおしくなり、

エマの熱いというより暑苦しい愛の言葉に態度を変えていく。


平凡な愛情をかくしている大げさな言葉は割引きしてきかねばならん、と思っていた。

いっぱいに溢れてくる魂からはときとしてはじつに空虚な比喩となって気持ちが出てくることもあるのを。

だれだって、自分の欲望や考えや苦しみをちゃんと正確に表現できるものでもないし、

それに人間の言葉はひび割れた鍋みたいなもので、

これをたたいて星を感動させようと思っても、熊を踊らすメロディーしか出せないものだのに。

ん〜〜〜唸るほど的確な表現。

本当にね、

好きになりすぎると、

自分の表しきれない思いを伝えようとすると・・・・・

言葉は余計に嘘くさくなる。


「だって、あたしにどんな不幸がおこるというの?

あなたといっしょなら、砂漠だって崖だって海だって、あたし越えていく。

二人いっしょに生きていけば、毎日毎日、いっそうつよく隙間なしに抱き合っていけるわ。

わずらわしいものも、心配も、じゃまもなにもないのよ。

二人きりで、なにもかもささげあって、永久に・・・・・ね、なにかいってよ。返事してよ。」

確かにそうなのだけど、

それは砂漠での渇き、崖の上に立ち、海で溺れたことがないから言えること。

これじゃ熊が踊るわ。

二人で逃げる計画をたてるエマの前から、男は逃げた。

エマは憔悴し生きる希望を失うが、神を慕い少しづつ力を取り戻す。


こんなバカな男は最初からヤメといた方がいい。とは思う。

でも、

利口だから好きになるわけでもバカだから魅力がないわけでもない。

バカな男を選んで不幸になると決まってることでもない。

エマが誰を好きになろうと、どうゆう行動をしようと、私が友達なら反対はしない。

恋に正論は通用しないし、地獄に落ちるまで止まらないのも知ってる。

地獄に落ちたら、そこで絶望して、絶望しながら生きたらいい。

正しい道など決まっているわけでなく、自分が正しなると思う方向へ切り開いていき、

その結果を自分ひとりで背負うのみ。


これで物語は終わればいいのだけど、

このあとエマはレオンと再会する。

2人がお芝居を鑑賞しながら恋の炎を再燃させるシーンは、著者フローベール圧巻です。

恋に恋するエマちゃんは、簡単に言ってしまえば触れれば落ちる勢い。

本当は、2人は再会するまでお互いのことなどすっかり忘れていたのに、

口から出るのは甘い言葉と、そしてお互い今置かれてる苦しい心の慰めあい。

要するに

共依存の状況を2人で作り上げているだけに思う。

エッセンスが必要な恋にしたら嘘なのにね。

片方は頼らないと生きていけない人間となり、

また片方は、頼られることを生きがいにし、逆に頼らせてしまう。

付き合おうと、結婚しようと、所詮人間はひとり。

補助輪にはなれても車輪そのものにはなれないし、なってはいけないと思うよ。

2人は加速度的に、身を崩していきます。

しかも、満たされぬ心からか散財もし、エマは旦那の知らないところで悪徳商人に次々と手形を書かされていく。

恋をして心は満たされるはずなのだけど、

人って不思議だけど、

逆に募る思いが満たされぬ心を生み、底なし沼のように深みにはまってしまう。

エマの気高さはお金が無くてもデート費用を惜しむことが出来ない。

が、それも時がたつと2人の間にはすきま風が吹き始める。

それはそう。無理な関係は短い期間ならエッセンスであっても、長くなれば心の負担に耐えられなくなる。

人間、自分をそんなには偽ること出来ない。


でも、どうしたら彼とわかれることができよう!

そして、このような幸福の下劣さに屈辱を感じながらどうにもならず、

やはり習慣から、または退廃からそれに執着した。

あまりにも大きな幸福を望んで幸福の泉をすっかり涸らせてしまいつつ、

なお日ましに熱をあげていた。

彼女はまるでレオンが裏切りをしたかのように、自分の失望を男のせいにしてとがめた。

わかれる決心をする勇気がもてないので、わかれを余儀なくするような破局が起こるのをねがってさえいた、

そのくせ、女というものはつねに恋人に手紙を書かねばならぬといった考えから、

彼女は恋文を書き続けた。

フローベールうまいなー。

普通男性が女心を書くとどこか違和感が起こるのだけど、

いやいやフローベールは私以上に女性になってる。何故なれるのかしら。

相手をとがめ、そのことで自分に失望し、今度は自分をとがめ、そして自分だけのせいじゃないと思い直し、

相手をとがめ、永遠のデッドループに陥る。

そして借金返済に奔走する苦しい女の姿は、もう恐怖としかいいようがない。

お金が無いことがどんなに切羽詰ったものか。

差し押さえの告知を村の立て看板に貼られた惨めさがどんなものか。

エマは、結局は借金のことで、

レオンにもロドルフにも泣きつくのですが、素っ気なく断られ捨てられ、自ら命をたった。

死んだあと、旦那は借金のことも不倫のことも知り、気力を落として死んでしまいます。

残されたエマの幼い子供は、おばに引き取られ工場に働きに行かせられます。

そして2人の男(レオン、ロドルフ)と悪徳商人は何事もなかったかのように普通に生きてます。

そして物語は終わる。


結局、

エマは愚かだけど、エマが愚かなら私はもっと愚か。

エマを非難など出来ない。

でも

エマが愛した2人の男(レオンとロドルフ)、

騙すようにしてエマに手形を書かせた悪徳商人とその一味、

借金の代わりにエマに身体を要求した男、

エマがこんなになるまで気付かなかった旦那、

隣の勲章命の薬剤師、

エマを取り巻くこの男たちにも男としての誇りが何も感じられない。

エマは惨めであっても、命よりも自分の虚栄心を貫き通した。

そうやって自分の人生にカタをつけた。

エマの旦那も自分が好きで一緒になった女のせいで、不幸になったと思えば

それもまた彼の生き方。



これは不倫の物語だけど、文学作品としての格調の高さを感じます。

作家というのは、やはりすごい。

言葉が見つからないということが無いのかな。情景にも深層表現にも感心しきりです。