物語

生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)/小川 洋子
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河合先生はユング心理学の日本の第一人者、

小川洋子は、博士の愛した数式の原作者。


河合先生が亡くなられ、対談は未完で1時間ほどで読めてしまう程度の内容。でも中身濃厚。

御二方に感服。

ユング心理学は先日、入門の入門程度を読んだだけだけど、すごく面白いし、

生きていく上で必要に思った。

分野の違う2人が、共鳴しあい、高められていく姿がわかる。

河合先生が亡くなられて、小川は本当に気を落とされた。

河合先生のことばすべてが自分の糧になる幸せが

あとがきの小川の、ほとばしることばの勢いに出てる。

博士の愛した数式の中の「ルート」という少年の名は、数学の用語の中から音の響きで決めたという。

でも河合先生は、

ルートには道という意味もありますね。

ルートを開く=道を開く、最後に扉を開くのは、道が開けるという意味が感じられました。と。

小川は気付かなかったという。

作品と言うのは、作者が書いているものだけど、

書いているうちに、作者の手からも離れ、登場人物が勝手に歩き出し物語を作っていく・・・

そういうものだという。

それが登場人物に「魂」が入るということなのでしょうね。

物語が仮想世界から現実世界に溶け合っていく・・・

あの作品は映画より原作の方がより深い味わいが感じられた。

決して映画が悪いわけではない。

映像でしか伝えられないもの、書物の中でしか伝えられないもの。

映画で見て原作を読む。そして私の中で完成させる。

河合先生は、臨床心理学の医師で

クライアントが治るときには、

クライアント自らが都合のいい偶然に遭遇することがよくあるという。物語以上に。

それは自分の力でなく、クライアント自らの力で。

でもそういうことを信じていない人には偶然は起こらない。

自分はそういう場を提供する役目であると。

そのことばを小川はあとがきで、

河合先生は、どんな絶望の沼に落ちた人間も、自ら立ち上がる力を必ず持っているものだという、

クライアントに対する尊敬の念を持っておられたように感じると書いている。

多分意識してもっているのでなく、もてるのだと思う。

強い者が弱い者を助けるとしたならば、弱い者はたまらない・・・と、河合先生は言ってた・・・

〜本文より抜粋〜


河合「私は「物語」ということをとても大事にしています。

(カウンセリングに)来られた人が自分の物語を生きていけるような「場」を提供している、

という気持ちがものすごく強いです。(中略)」P49

河合「答え方はいっぱいある。そういう時下手な人ほど「死ぬのはやめて下さい」と答えが一つしかない。

(中略)それしかないっていうのは駄目なんです。そして、それはもう、すごく微妙なことなんです。」P52


小川「意味のあることをやり取りするのが重要でなく、その子がいる世界の内側にとどまる、

ということが大切になっているんですね。」P62

河合「普通の人が面白半分に作った箱庭が、一番つまらない。

言い方を変えると、ごまかせるのが普通の人です。

大きな問題を持ってる人は、ごまかしようがないんです。」P65

河合「砂をワーッと触ってるうちに、もうそれだけで心がほぐれてくるんですよ。

子供時代のことも出てくるやろうしね。」

小川「子供が砂場で遊ぶというのは、大事な体験なんですね。」

河合「ものすごく大事ですね。形なきものに形を与えるんだから、まさに天地創造です。」

小川「神話を作っているわけですね。」

河合「ええ、その人の物語を作っているということになる。」P69

小川「神話とか説話とか昔話には、現代人の悩みがもう全て凝縮されて表現されていると、

先生はお書きになっていらっしゃいます。」

河合「ええ。だから、われわれのところにシンデレラや白雪姫が来ることもあるわけですよね。」

小川「人間は繰り返し同じことを悩みながら生きているっていうことですね。」P75

小川「あまりにも「個」にばっかり執着してると、何か行き詰ってしまうんですね。」

河合「そう。「個」というものは、実は無限な広がりを持っているのに、

人間は自分の知ってる範囲で個に執着するからね。(中略)

「個」というのは、本当はそんな単純なものじゃないのに、そんなところを基にして、

限定された中で合理的に考えるからろくなことがないのです。

前提が間違っているんですから(笑)」

小川「何か大きな流れの中の一部として、自分を捉えるような見方が足りないんですね。」P87

小川「日常の中で、何気なく人を励ましたことにはなってなくて、

むしろ中途半端に放り出してるってことがあるんでしょうね。」

河合「それはつまり切っているということです。

切る時は、励ましの言葉で切ると一番カッコええわけね。

「頑張れよ」っていうのは、つまり「さよなら」ということです。



小川あとがきより。

人間は表層の悩みによって、深層世界に落ち込んでいる悩みを感じないようにして生きている。

表面的な部分は理性によって強化できるが、

内面の深いところにある混沌は論理的な言葉では表現できない。

それを表出させ、表層の意識とつなげて心を一つの全体とし、更に他人ともつながってゆく、

そのために必要なのが物語である。

物語りに託せば、言葉にできない混沌を言葉にする、という不条理が可能になる。

生きるとは、自分にふさわしい、自分の物語を作り上げてゆくことに他ならない。

太宰が、あちらの世界で河合先生のカウンセリングを受けてくれたらいいな。

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