深層心理?

私はこの前、 悪口を言うのはいい。だけど感情でモノを言うな!と書いた。

感情的になれば、論理より、好き嫌いのただの感情論になってしまうからだ。

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ユングによると、 人間には、自分の『意識出来る心』と『無意識の心(深層心理)』があるらしい。

私の意識している部分では、 感情で、ものを言うな! となる。

ところが、私が不快に感じる相手の感情的なところ

それこそが、自分の深層心理の投影だそうだ。

自分の価値観に反する事は、自分の中ですべて抑えようとしている。

こうして抑えられた部分が影となって、影として生きている

相手の嫌いなところは、自分の影の姿。

そして、相手を悪者にして自分を納得させている・・・

これがユングの言うところの深層心理。

あくまで『説』ではあるけど、私は自分の手の届かない所に別の心の存在を感じていた。


心は、表の顔と影の顔が相互に作用している。

仮面(世間に対する顔)が多すぎると、心が不安定になる。

でも影がなければ、平板な人生となり、哀しみも感動もないのかもしれない。

心は、思考と感情が相互で干渉している。

思考が強く、感情を抑えすぎると(先程の私の例)心が不安定になる。

今の世の中は複雑化し、思考が重視される場面が多い。

それにより、感情が抑えられ、ある日爆発する・・・

感情を出すことは、笑う、泣く、怒る、全て必要なことなのだ。

人の心は、混沌とし、矛盾に満ちた感情の集合体である。

心はもしかしたら宇宙と同じかも。未知の広さ。

見えてる星はいっぱいあるけど(自分で見える心)、

そのずっと後ろにも見えない星(自分で見えない心)が果てしなく存在している。

その深層心理も、経験により生じたものと、生まれついてもっているもの(遺伝)の2種類ある。

夢とは、そんな意識有り無し、遠い(祖先の)過去、近い過去、の思いが複雑に絡み合ったものである。

声には出さない心・・・

私は20歳まで、母がいないことを自分から人に言えなかった。

口にしたことは1度もなかった。

人に「命日いつだったかしら?」と尋ねられた時でさえ

「忘れちゃった!」と嘘で答えた。

そんな嘘をついてまで口を閉ざすのは、無意識の自己防衛なのだろうとは思うけど

当時は自分でもわからなかったし、突き詰めて考える必要も感じなかった。

「あらあら、お母さんかわいそうに・・・」と言われたけど、ヘラヘラ笑って済ませてた。

だから私は子どもの時から知っている。

本当にツライこと(心の傷)は、人は口(心)を閉ざす。

痴漢にあった女性が、声に出せない気持ちすごくわかる。

敢えて口に出さないのでなく、出すということは、 飢えたライオンの檻に入るくらい怖ろしいことなのだ。

ライオンの檻に入れる人間はいないのと同じくらい、100%出来ないことなのだ。

何も聞くな!寄るな!触るな!ひとりにしてくれ・・・

ただ、そういうもの(深層心理)を引っ張りだして向き合うこと(意識と結合させること)が

本当は必要らしい。

勿論それは傷を伴うことで、素人が勝手に出来る範疇ではないのだろうけど。

私は心に深い傷を負ってはいても、病んではいなかった。

そういうものだと、そのままを受け止めてたので血が噴出すような痛みは伴わなかった。

太宰治志賀直哉の論争を思い出す。

太宰は志賀の作品を

どこに「暗夜」があるのだろうか。


ご自身が人を、許す許さぬで、てんてこ舞いしているだけではないか。

と、けなした。

これには、笑った。

あの長編『暗夜行路』をてんてこ舞いと言っちゃうセンス。

悪口も上手く言えば芸術になりうるとは、誰が言ったか忘れたけど。

これだけでなく、かなり口汚く罵っている。太宰は言葉が過ぎる。

最初に貶したのは志賀だったかもしれないけど、とにかく二人の罵りあいは続いた。

そんなある日、太宰は心中し命をたった。

それを知った志賀の言葉。

死ぬのは自分の勝手だが、


どうせ死ぬなら他人を巻き添えにしないで自分だけで死ねばよいのだ、


だから太宰治という人は私は嫌いだと思っていた。

しかし後になって考えてみると、太宰治という人は崖の上に立っていた人だ。


崖の上に立ってみたことのない人間が崖の上に立った人のことを云うのはおかしい。


だから私の言い過ぎだった。

ユングの思想を借りれば、

太宰は志賀の文才を深層心理では、認めすぎるほど認めていたのだと思う。

そして志賀は

嫌いとは口で言いながらも、

心にずっと太宰が住みついていたのではないかと思う。

最後に言い過ぎだったと・・・自分のモノいわぬ心と向き合ったことが、志賀の凄いところで

崖の上に立ってみたことのない人間が崖の上に立った人のことを云うのはおかしい。

この言葉は、私の心に刻み込まれた。